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そこで「N」では、本日、全国の支店で「特別株式講演会」を開催し、N総合研究所による最新のデータ分析により、ホットな視点からわかりやすく解説します。
この機会を績極的に捉え、ぜひご参加ください〉広告には〈定員になり次第締切らせていただきます〉とあり、電話でもよりの千葉県船橋市の船橋支店へ早目に予約し、講演会に参加した。
開催時間の午後二時までに、支店のホールにあらかじめ並べられていた椅子は満席になった。
社員があわてて椅子を前につめさせ、うしろにもう一列へ椅子を並べた。
一○○人近かった。
会社発表では、全国一二七カ所で一万五○○○人が参加した。
「株はもともと投機ですから、昔のセールスマンは、客が退職金に手をつけようとしても、絶対に手をつけさせなかった。
セールスにはそういう仁義があったが、いまはノルマに追われ、そんな仁義もなくなってしまっている。
もう、投機じゃなくてバクチですよ。
いや、バクチやヤクザの世界にある仁義さえもなくなっている」このセールスマンの話と似たことは、私が読んだ何冊かの株式投資入門書にも書いてあった。
たとえば、N新聞社編「株式投資の手引』(八七年版)にも、つぎのように書かれている。
〈「カネに余裕のない人は株を買ってはいけません」兜町の専門家がまず言う言葉だ〉〈「余裕資金で会場の正面には、広告ともちがった「緊急資産対策セミナー」の横断幕がはってあり、くゆるぎない資産づくりを応援〉というキャッチフレーズも入っていた。
だが、参加者の多くは、株式投資がくゆるぎない資産づくり〉と思い込んでいたがために、いまはそれこそ〈緊急〉事態となっていた。
朝、新聞広告を見ると、かけつけてきたのだ。
一見してそれとわかる、いわゆる大衆投資家たちだった。
半分近くが六○歳すぎの定年退職者と見える人びとで、三割あまりが四○代から五○代を中心にした主婦。
あと二割ほどが農家や自営業の男女といった感じだった。
資産家らしい姿も見当らなかった。
スーツにネクタイというのも支店の社員くらいで、いかにも質素な普段着のままかけつけたという感じだった。
意外だった。
一般にはおおまかに「投資家」と呼ばれているが、彼らが投資しているとしても、退職金や老後のための蓄えかちょっとした虎の子の蓄えだろう。
小口のいわゆる大衆投資家ほど、相場の変動などで生活を直される。
私は参加者の挙動を見つめながら、N諸券のベテランのセールスマンがいっていた話を思い株を買う」〈これが鉄則だ〉〈長期の余裕資金な三果報は寝て待て」を実行出来る〉また、〈家族の日常的生活に必要な資金〉は、〈投資に不向きなおカネだ〉とも記している。
むろん、退職金ばかりか、家族の病気などへの備え、子供の入学への備えなどの蓄えも、〈不向き〉なものに入る。
これが兜町の常識だったが、いまやN証券の新社歌と同様に〈常識の服を脱ぎ捨て〉てしまっていた。
セミナーは支店長の挨拶ではじまり、支店営業課長が講師をつとめた。
N証券は、自慢の若手抜擢で「新人類」中心の陣容となっており、支店長も課長もまだ三○代半ばになるかならないかの若さだった。
もともとN証券の調査部だったN総研の手による、〈最新データの分析〉の資料「今、Nはこう考える」が、全員に配られた。
この資料を入れた支店名入りの茶封筒には、資料を裏付ける「N新聞」の記事のコピーも入っていた。
「大恐慌あり得ない」というタイトルがついた、ミルトン・フリードマン米シカゴ大学名誉教授のインタビューも、その一つだった。
講演はこれらの資料にそった説明であり、いかにも本社の指示どおりという感じだった。
つまり、株式市場の上昇基調を支える環境は整っている。
為替安定のための国際協調も、暴落によってかえって強化されている。
企業収益も堅調で、カネ余りは変わっていない。
アメリカでも債権国だった当時の一九五○年代、六○年代は、株価が大幅に上昇した。
いまの日本はその債権国である。
要するに、いまは不安心理がはたらいているだけで、株価がふたたび上昇する条件はそろっている、というものだった。
セミナーの狙いは、顧客の不安心理をなんとか除去して、彼らの汗の結晶であるマネーを、なんとか株式市場につなぎとめておこうとするものだった。
講演のあとの質疑で、参加者の一人が、「こういう講演会は、いつでも、強気と決まっているが、いまでもやはり『売り」ではなくて『買い」ですか」と、ずばり聞いた。
これには講師の営業課長もまともには答えられなかった。
諾は講演の最雲「ジャパニーズ・ドリーム債権国金融業績相場。
『豊かな時代」での有望企業」というタイトルの一覧表にもとづいて、「これが当社の注目銘柄です」などと推奨した。
だが、皮肉にも、N証券とN総研とが、この日のセミナーのためにこれらの資料を準備しているあいだにも、世界の金融資本市場は大きく揺れていた。
前日には欧米市場でドル全面安となり、それを受けてこの日には、東京でもドルが急落し、一時は一ドルU一三七円台になった。
急激な円高を嫌気し、この日の東証の前場(午前中の立会)でも、輸出関連の主力である電機・ハイテク銘柄のN電気、M電器などが軒並みに大幅な下げとなっていた。
講師が強調したのとは反対に、為替安定の「国際協調」が失敗した結果だった。
配られた「有望企業」一覧表には、「注目銘柄」として一○銘柄を選定していた。
そのなかにはN電気、M電器もふくまれていた。
この時期にこの株を買えば、損することは謂け合いという事態だった。
営業課長も、口頭でこの二つの銘柄は「注目銘柄」からはずした。
もっとも、電機株は翌日にはまた上がり、そのつぎの日にはまた下がった。
「当たるも八卦当たらぬも八卦」という言葉がある。
占いや賭けごとは、当たりもするがはずれもする。
必ずしも的中しないという真理を説いた言葉だ。
N証券が催したこの緊急セミナーでの強気の賭けも、同様だった。
ただ、同社首脳陣は、このセミナーの企画を高く評価し、他の大手証券会社もNにつづいて同種のセミナーを開いた。
マスコミも大きく報道した。
収益日本一のNが強気なら、相場はまた持ち直すだろう。
投資家たちにそんな期待感を持たせ、ともかくも株式市場を「下支え」する必要があった。
国家ぐるみの財テクがこのまま終駕ということになれば、中曽根内閣からの政権の禅譲で誕生した竹下内閣にも激震となる。
そんなわけで、政界や財界から〈国家企業〉になんらかの意思表示があり、政府・マスコミ・証券界の連繋で、強気キャンペーンがおこなわれたという。
こういう一説もあつ・たが、この方は「当たらずといえども遠からず」だろう。
世界の金融資本市場の修羅場・東証で東京都中央区にある証券街、兜町かいわいへ毎日のように通った。
現在の地名でいえば、東京証券取引所(東証)のある日本橋兜町と隣接した周辺だった。
隣接しているのは、通称「軍艦ビル」のN証券本社ビルがある日本橋一丁目や日本橋茅場町などだ。
このあたりには、証券会社が密集している。
東証は、証券取引法にもとづいて設立された政府・大蔵省公認の法人で、少なくとも形式的には、会員である主要証券各社九七社(八七年九月末現在)によって運営されている。
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